不妊症の人が本当に憧れているのは「子ども」だけじゃない。理想の家庭像とは?
日曜の朝、子どもの笑い声で目が覚める。
運動会でビデオを構えながら「がんばれ〜!」と叫ぶ。
そんな「ありふれた日常」に、強い憧れを感じていませんか?
不妊症で悩んでいると、「自分には家庭を持つ資格がないのでは」と感じてしまうことさえあります。
でも、本当にあなたが欲しいのは「子どもそのもの」だけではありません。
この記事では、不妊症の人が心の中で思い描いている「憧れの家庭像」を言葉にしていきます。
憧れているのは「イベント」よりも、何でもない日常
多くの人が頭の中で思い描くのは、特別なイベントではなく、何でもない日常です。
- 日曜の朝、子どもの足音や笑い声で目が覚める
- 家族みんなで「いただきます」と食卓を囲む
- お風呂上がりに、パジャマ姿の子どもとじゃれ合う
- 「おやすみ」と寝顔にそっと布団をかける
こうした光景は、一見どこにでもあるような日常です。
しかし、不妊症でつまずいていると、こうした日常そのものが、手の届かない「夢」のように感じてしまいます。
あなたが欲しいのは、「映える生活」ではなく、
「家族で笑って過ごせる、何でもない日常」なのだと思います。
子どもだけでなく「一緒に歩むパートナー」とのチーム感
理想の家庭像を思い描くとき、そこには必ず「パートナー」の存在があります。
- 治療の結果が思うように出ないとき、隣で話を聞いてくれる人
- 注射や採卵で疲れた身体を気遣ってくれる人
- 将来の不安やお金の話も、真剣に一緒に考えてくれる人
子どもさえいれば幸せ、というわけではなく、
「子ども+パートナーとのチーム感」こそが、あなたにとっての理想の家庭なのではないでしょうか。
妊活や不妊治療は、どうしても女性側の負担が大きくなりがちです。
だからこそ、「一緒に悩み、一緒に選択してくれる存在」がいることが、何よりの支えになります。
安心して「ただいま」と言える居場所としての家
理想の家庭像の中で、とても大きな意味を持つのが「家」という場所です。
- 疲れて帰ってきたとき、「おかえり」と迎えてくれる人がいる
- 外では頑張っている自分を、家では素のまま受け止めてもらえる
- 子どもが泣いても笑っても、安心していられる空間
不妊症で悩んでいると、実家に帰るのがつらかったり、親戚の集まりが苦しく感じられたりします。
だからこそ、自分が安心していられる「居場所としての家」を、心の底から求めている人も少なくありません。
あなたの「理想の家庭像」に正解・不正解はない
最後に大切にしたいのは、
理想の家庭像に「正解」はないということです。
- 子どもを授かることを目標にする人
- 夫婦二人の人生を大切にしたいと思う人
- 里親・養子・ペットなど、広い意味で「家族」を考える人
どの選択も間違いではありません。
大切なのは、世間の「普通」に合わせることではなく、
「自分はどんな毎日を過ごしたいのか?」
「どんなときに心から幸せだと感じるか?」
を、少しずつ自分の言葉で見つけていくこと。
不妊症で悩むあなたが思い描く「憧れの家庭像」は、
これからの人生をどう生きたいか、という大切なヒントでもあります。

